ヘルペス、唇をどうやって治療していったかを伝える。

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中学1.2年のころヘルペスにかかった。部活を終え、帰宅すると高熱39度くらいあった。一晩たち鏡を見ると左眉上と目の下にスイホウができていた。ヘルペスは幼い頃水ぼうそうにかかるがそれが、ちゅうとはんば、しっかり、かかりきれてないと体内にヘルペスウイルスが残り何かのひょうしに出てくるらしい。私の場合のひどくなり大学病院に入院することになった。大学病院でははじめに女医先生がスイホウをピンセットでつまんでつぶした。痛みはなかった。それから個室で入院となった。初日ベットで寝ていると隣の部屋から痛いよう痛いよう痛いようと子供の声が聞える。次の朝母が来て隣の子亡くなったらしいときかされた。ということは自分も重症なのか?と不安になった。一週間点滴をうった。熱がようやく下がってきた。若い先生と看護婦さんがきて治療室につれてかれた。そこで体をまるくして背骨の骨と骨の間にはりをさされた。髄液をとって検査するらしい。私の髄液は濁っていたらしい。この髄液がにごると頭がおかしくなるらしい。そこからまた点滴を一日3回うった。3日に一度治療室に行き体をまるくして髄液をぬいた。入院中3人の看護婦さんが病室にきて病状は回復し個室から大部屋に移った。大部屋は6人部屋で子供がぎゃ-きゃ-走りまわっていた。子供の病気は、糖尿病が多かった。毎回ある時間帯になると注射でインシュリンをうっていた。それ以外はすごく元気な子供ばかりだった。今から考えると家の両親も毎日のように一時間かけて大学病院に通わせ親不孝をしたと思う。病状が更に良くなると地元の病院にいくこととなった。またそこの看護婦さんも素敵なかたが、多かった。ある時点滴をしている時、トイレに行きたくなり、点滴をつるす器具をおしながらトイレに向った。その際つまづき点滴ホースの中段からホースがはずれ、廊下じゅう血がひろがった。その時30メートル先にいた看護婦さんが猛ダッシュし、クリップを使って血を止めてくれた。素敵だと思った。点滴もはずれもうすぐで退院と言う時祖母が見舞いにきてくれた。そのとき病室からそとをみると、石焼いもやさんがいた。祖母は焼きいもがすきだったので買いに行った。私は初めてだったので楽しみにしていたが、3つで1000円だったので値段の高さに驚いた。こうして完治するまで2ヶ月かかかった。そのあとは通院した。47歳になった今でも右眉の上と右目下には傷がある。

ヘルペスは唇の周りに、疲労、ストレス等で免疫力が下がると発生する。免疫力を下げないよう腸内を整えることが大事。

ヘルペスはウィルスである。

 

新型コロナウィルス症状

 

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